産業観光事例集
海外における産業の観光資源化事例

1.はじめに
  「産業観光」は、工芸、工業、農水林鉱業を含むものづくり産業と、その風土、歴史、遺産、技術などと、ものづくりに関連する人間ドラマや物語までを観光資源化することによって成り立つ観光産業である。
  人々の関心が、20世紀を席巻したマス・ツーリズムを離れてオルタナティブなたびに向かっている今、グリーン・ツーリズム(地球環境&緑への旅)、ヘリテージ・ツーリズム(遺跡・遺産を訪ねる旅)、アグリ・ツーリズム(農業観光)などとも重複し連関する21世紀型の新しい観光の形態だといえるだろう。
  私は愛知県下で起業し、情報発信に関わる事業者として「地域アイデンティティに関わる仕事を創りたい」という思いから、ものづくり=産業の歴史や技術に関する情報をコンテンツ化(編集し発信)することを、自社のミッションと考えて取り組んできた。
  平成9年には通産省のマルチメディアコンテンツ制作事業で、中部産業遺産研究会とのコンソーシアムによる『日本の産業遺産データベース』を開発。科学技術振興事業団のWebサイトには『産業遺産ナビゲーター』をリリースしている。
  また、もともと東海地域の観光ガイドブックを年間10数冊取材編集するチームがあり、カーナビに搭載する観光施設情報データベースも制作。観光データを蓄積してきた。
  「産業」と「観光」を両輪に業務展開してきた経緯もあって、地域の活性化の起爆剤としての「産業観光」に着目したのだが、産業技術保存継承シンポジウムでパネラーとしてJR東海の須田会長と同席させていただいたことが刺激になって、一層このテーマを追求することになった。
  とりわけ2005年愛知万博を控えたこの地域では“自然の叡智”という万博テーマだけでなく、地域特有の文化に触れ、愉しい体験ができそうだ!と、ビジターが興味を惹かれる周辺観光情報への発信が必要不可欠である。産業集積地ならではの、ものづくりと出会う旅=産業観光を、ぜひ推進したい。
  今回「海外における産業の観光資源化事業」というテーマをいただいたので、これまで調べた事例をいくつかご紹介したいと思う。

2.海外における産業の観光資源化事例

【1】トラストによる産業遺産の再生と地域再開発/イギリス

  「アイアンブリッジ渓谷(Ironbridge Gorge)」は英国シュロップシャー州のセバーン川に架かる世界最古の鋳鉄の橋(1779年開通)を中心に、9つの博物館と多くの歴史遺産が点在する渓谷である。
  渓谷には世界初の近代的な製鉄会社があり、産業革命発祥の地として発展したものの、1870年以降は急速に衰退し荒廃していた。1960年代に経済活性化の文化戦略として再開発構想が立ち上がり、67年にトラスト(信託財団)を設立、73年にオープン。約15.5平方kmの渓谷一帯に産業遺跡・施設、商業施設が甦っている。
  「鉄」「川」「タイル」「陶芸」「19世紀の生活&技術」などのテーマミュージアムと、Ironbridgeそのものや「タールトンネル」などの史跡をゆっくり見て歩くなら2泊3日はかかるだろう。ホテルやB&B、美味しいビールとたっぷりの食事を出すパブやレストランもあるので、滞在型で愉しめる街になっている。
  19世紀の町並みを再現した野外の「ビクトリアン・タウン」では、馬車が走り、鋳物工場、鍛冶屋、ロウソク屋などで、当時の服装をした職人が実際に製品をつくっている。タイルや陶器のミュージアムではワークショップに参加して自分で製品をつくることもでき、生きた産業&環境教育の拠点になっているといえるだろう。現在、年間約25万人の入場者を迎えている。
  運営主体の財団は社会教育を目的とするNPOで、約200人のスタッフが運営に携わる。加藤康子によれば(注1)、トラストの分析では渓谷がもたらす地域経済効果は年1500〜2000万ポンド(30〜40億円)にのぼるという。

【2】エコミュゼによる地域産業の記憶の再生と伝承/フランス
  地域環境全体をミュージアムに見立て、自然と文化の遺産を保存活用、その設立と運営に住民が深く関わるのがフランスのエコミュゼ。
  台頭は1970年代からで、背景には地方分権化がある。住民が主体となり、有形遺産だけではなく住民の記憶も遺産として継承する中で、ツーリストとの交流を図るのが特徴だ。
  たとえばブレス地方約1690平方kmの広域に115の市町村が含まれている「ブレス・ブルギニョン・エコミュゼ(EcoMusee de la Bresse Bourguignonne)」。コア施設のピエール・ド・ブレス城は、農村の伝統的な生活や産業を知るミュージアムであり、地方全体に足をのばすための情報発信機能ももっている。
  地方の6つのエリアでは「小麦とパン」「森と木」「ぶどうとワイン」「新聞印刷」「椅子と藁職人」などのテーマを産業遺産を活用した施設で展示。木靴工房での実演を見学したり、食通が絶賛するブレス産の鶏について学んだりすることができる。
  18世紀に始まった藁椅子づくりの場合は、ボランティアの実演とビジター実習の他、失われた技術の保存のみでなく、企業と連携して、現代の椅子製造工場の見学もできるという。
同じくフランス北部。コア施設に紡績工場を利用する「フルミ・トレロン・エコミュゼ(Ecomusee de la region de Fourmies-Trelon)」。1970年代、過疎と不況の下で2つの町が活動を開始したときの最初の取り組みが、小学生たちを対象にした「親や祖父母が、昔どんな仕事と生活をしていたのか?」を聞き取る調査だったということが、エコ・ミュージアムの本質をよく現わしていると言えるだろう。

【3】体験型展示を重視した自動車メーカーの複合型企業ミュージアム/ドイツ

  「アウトシュタット(Autostadt)」は、ドイツのウォルフスブルクにある自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)社が2000年6月にオープンした複合型企業ミュージアム。広大な敷地に、全部で10の建物が点在しているようすは、まさに「車の街」だ。
  コンピュータを使ったボディデザイン、ステアリングの本革縫製など、自動車製作のプロセスを自分で体験しながら学べるオートラボが設けられた「コンツェルンフォーラム」。中にある「キッズワード」では、子ども達が足漕ぎカートに乗って周回し、ラップを測っている。
  数多い自動車コレクションを、車が活躍した当時の社会生活とともに展示した「タイムハウス」。当時の人々の服装や、街の風景をイメージさせるディスプレイが工夫されていて、「生活と車」をコンセプトとするトヨタ博物館(愛知県)新館の展示にも通じる雰囲気だ。
  また、たとえばアウディなら“アウディのあるライフスタイル”を、実車、模型、映像、サウンドなどを駆使したディスプレイで提案する「ブランドパビリオン」。他にも、VW、ベントレー、ランボルギーニなど、VW社は今や7つのブランドを擁しているため、各ブランドの母国建築家が手がけたという個性的なパビリオンが全部で7館ある。
  さらに、納車センターにレストランやショップ、新車展示スペースも併設した「カスタマーセンター」。ワークショップもあり、「トランスミッションのしくみ」や「空力とは?」というかなり難易度の高い疑問を、穴のあいた筒の中に空気を流し、形状の異なるものを入れて空気抵抗の違いを実感させるなどの、よくできたアクティビティを使って理解することができる。
  1日平均3500人が来場しており、隣接地にはリッツ・カールトン・ホテルが建っている。

【4】実物、実演、実体験のインパクトが強烈な科学技術ミュージアム/アメリカ
1893年にシカゴで開かれた世界コロンビア博覧会。会期中アート館として利用された建物がその後修復され、1933年から産業博物館として公開されたのが「シカゴ化学産業博物館(Museum of Science and Industry)」だ。
  15エーカーのスペースに、実物・実演・体験重視で貫かれた科学と産業技術に関する展示がされており、遊びながら学習できるミュージアムになっている。
  たとえば、727旅客ジェット機がそのまま展示され、離着陸のシミュレーションが体験できる「Take Flight」。
  ほんもののアポロ8号と宇宙飛行士の演習に使われた月面着陸モジュールによる宇宙探訪の「Space Center」。
  ドイツ海軍の制服を着用したスタッフが狭い艦内を案内してくれる「U-505 Submarine」は、第二次世界大戦中に拿捕されたドイツ軍潜水艦の実物だ。
  また、イリノイ州の炭坑を復元した「Coal Mine」では、坑内ライドに乗って採掘現場に向かい、炭坑のテクノロジーをリアルに学ぶことができるなど、まるでテーマパークのようなアトラクティブなメニューが揃っている。
  古びた産業遺産展示にとどまらず、「ほんものを体験する」ことを通じた面白くてエキサイティングな学習のフィールドであることを重視しており、変化のスピードの早い時代にあわせて、毎年展示の一部を入れ替えているという。
  年間の入場者数は170万人を超えており、家族連れの比率が高い、シカゴでも最も人気の高い観光文化施設のひとつといえるだろう。

【5】陶磁器工房で伝統のやきものづくりを体験/オランダ
  オランダを代表する伝統産業、デルフト焼。白地にデルフトブルーとよばれる独特の美しい青の彩色をほどこした陶器は、1600年頃に東インド会社が中国から輸入した陶磁器に触発されて始まったといわれ、300年以上の歴史が継承されてきた。
  1653年創業の「ポーセレン・フレス社(Koninklijike Porceleyne Fles)」は、デルフトに2つ残っている窯元のひとつで、中世の町並みが運河の水面に映る中心街から少し離れた住宅街の中にある。
  工房のガイドツアーとビデオ上映の他、ショールームでは、熟練工の昔ながらの手仕事を見学することができる。木炭の粉で描かれた下絵をもとに、図柄の見本を忠実に再現していく繊細な絵付けの工程だ。
  また、ビジターが職人のコーチを受けながら短時間でデルフト焼を体験できる「タイルの絵付け」コースも設けられている。
  工場に併設されたショップでは、裏に手描きで絵師のイニシャルが入ったほんもののデルフト焼が販売されており、ここでのショッピングも楽しみのひとつだ。

【6】環境保護を提唱する自然化粧品メーカーの工場見学/イギリス
  天然素材しか使わない、動物実験を否定して代替テストで安全性を検査する、極力ゴミを出さないために容器リサイクルをユーザーとともに進める。多くの環境保護施策を打ち出す一方、カラフルで香りのあふれる商品&ショップで独自性をアピールするスキンケア製品のメーカー「ザ・ボティ・ショップ(The Body Shop)」。1976年、1人のイギリス人女性が自宅のキッチンでつくった自然素材の商品をうることから始まり、約25年で世界47カ国、1500以上の店舗を有するまでに成長した企業だ。
  サセックス州リトルハンプトンにある本社工場では日曜日を除いて1年中、工場見学を受け入れており、「The Body Shop Tour」と名づけられたガイドツアーを行っている。
  ツアーチケットは有料で、所要時間は約80分間。「Get to our heart and soul」のキャッチフレーズのとおり、企業ポリシーの理解に重点をおいており、ユーザーは見学の中で、天然成分をどのようにして使用しているかや、素材のコミュニティトレード(発展途上国支援の立場をもった公正な商取引)などについても知ることができる。
  また、緑に囲まれたビジターセンターでは、特別価格の製品が置かれているほか、ランチやアフタヌーンティーが楽しめるスペースもある。

【7】(参考)産業遺産も登録されている/ユネスコ世界遺産
世界遺産は文化遺産、自然遺産、複合遺産の3つに分類されているが、その中には産業遺産が含まれている。
  アイアンブリッジ渓谷の他、世界屈指の岩塩採掘地として1000年の歴史をもつポーランドの「ヴィエリチカ岩塩抗(Wieliczka Salt Mines)」(岩塩製造技術の見学コースがあり、壁やシャンデリアが岩塩でつくられた地下礼拝堂が素晴らしいという)や、アラブのサハラ砂漠のオアシスにつくられた陽干しレンガの町「ガダーミス旧市街(Old Town of Ghadames)」、フィリピンの山岳地帯で2000年以上継承されてきた稲作農業の水田「コルディレラの棚田(Rice Terrasses of the Philippines Cordilleras)」など、分類の方法にもよるが10数ヶ国、20件程度(日本ではゼロ)が登録されていると考えられる。いずれも産業観光の対象地ということができるだろう。

3.産業の観光資源化と地域ブランド
  国内外を通じて産業の観光資源化の事例は数多いが、中で代表的だと思われる海外のケースを7項目にわたって紹介した。
  産業の観光資源化というテーマはおおよそ以下のようなカテゴリーに分類できるのではないかと思っている。
  [1]産業遺産の保存・再生・活用
  [2]ミュージアムの整備・活用
  [3]伝統工芸の工房と技の公開&体験
  [4]稼動工場の生産ラインの公開
  [5]農・林・漁・鉱業の体験
  [6]科学技術のエンターテイメント体験
これらはそれぞれ単独に成立するだけではなく、互いに重複してもいるし、組み合わせることによって一層魅力を増す場合も多い。紹介した事例は6項目のどれかに符号しているはずである。
  また、観光であるからにはそこに出かけることが愉しくて感動をともなう機会であって欲しい、そうであれば産業の観光資源化は地域ブランドの創出に密接に関わっているというべきであろう。そういう観点から、これらの事例には産業観光の成功にも結びつくヒントがいくつか秘められている。
  単体施設へのビジター参加については、集客に成功している施設が単なる「見学」にとどまらず、「ほんもの」の「動態展示」や「実演」や「自分が体験」できるプログラムに力を入れているということが言える。そしてこれらを保障するためにはバックヤードにおける「技術・技能の継承」が確保されており、ビジターの体験を支援する「人」が配置されているのである。
  また、施設づくりの理念については「地域アイデンティティの確認」をベースに、単独施設の設立だけではなく「街づくり」の観点が見られること、そのためにしばしば「町並みの保存」や「複数産業施設の広域ネットワーク」が実現されていることに注目したい。
  観光には「ぶらぶら歩く」といった時間も大事な要素で、歩きながら、見ながら、その街の空気を呼吸するのが愉しみだったりする。アイアンブリッジもアウトシュタットも、鉄やクルマや人や時代を、肌で感じながら歩けるところにも価値があるだろう。いずれの街にもビールやワインを飲みながら食事のできるレストランやおみやげショップが整っているのだが、特に女性ビジターにとっては「食べる」「買う」機能の充実も不可欠だ。
  さらに、市民やNPOが設立運営の主体になっているケースがあり、その場合は「市民の記憶の継承」と「地域の未来への展望」を土台とした「コミュニティづくり」と「教育拠点整備」としてのウェイトが高い。
  当たり前のことだが、観光地には地元住民がいて、毎日の暮らしがあり、子ども達は地域の子として育っている。親や祖父母の生活とものづくりの記憶。それを、子ども達が面白がりながら受け継ぐ機能を「観光資源化」が併せ持つとしたら、素晴らしいことではないだろうか。

4.まとめ
  産業は風土や文化の系譜の中で育ち、発展してきたものだ。その観光資源化は、地域の豊かな資産の価値を再発見するためのステップともいえる。広く国内外の人たちにアピールすることでビジター誘致の契機となるばかりでなく、ものづくり離れといわれる若い人材を、再び「ものをつくる」現場へ呼び戻すための最初の扉にもなりうるだろう。また、人々が訪れる時には、ものづくりを核に醸成された地域のブランドイメージとの出会いが生まれ、イメージはビジターによって各地に持ち帰られる。
  最近、ものづくり企業が企業文化を発信する際に「観光化」を意識し始めているのが感じられる。この地域が魅力的な産業観光地となるための基盤&ソフト整備が進めば、それが住民の地域に対する愛と誇りを育て、人の交流と経済効果をもたらすのは間違いない。
  海外の先進事例にも学びながら、国内外の産業観光への取り組み地域や関係者とも交流しながら、私たちの街の産業観光をつくってきたい。

[参考文献・URL]
1.産業遺産:加藤康子著/日本経済新聞社
2.新しい観光と地域社会:石原照敏・吉兼秀夫・安福恵美子編/古今書院
3.エコミュージアムへの旅:大原一興/鹿島出版界
4.歴史を生かしたまちづくり:西村幸夫著/古今書院
5.世界遺産全データ大辞典:新人物往来社
6.産業観光:須田寛著/交通新聞社
7.http://www.the-body-shop.co.jp/shop/ (The Body Shop)
8.ものづくりネット館