月刊観光  2002年(平成14年)6月号
[特集]産業観光の発展のために
海外での産業観光の取り組み
●ものづくりの過去・現在・未来と出会う
「産業観光」。それは「ものづくり」の過去と現在、ひょっとすると未来にも出会うことのできるアトラクティブな旅だ。
 
過去と出会う旅は、産業遺産(建築物・機械・道具や技術) と、産業を育てた土地の風土や歴史、人間ドラマ、仕事唄や伝説までもが観光資源となる。
 
現在と出会う旅は、日々生み出されるあらゆる「もの」の生産現場がステージだ。そして、新しい産業が生まれ出ようとする現場も観光資源となり得る。
 
「ものづくり」の現場でこそ感じられる知的興奮。そして、物語性とともに味わう味覚やオリジナルな「もの」を買う愉しみ、人との触れ合い。それらがプラスされた新しい旅のコンセプト。文句なしに面白い旅だと思うのだが、しかし産業観光が独自の観光分野として成立するにはまだ多くの課題(基盤整備もソフト面も) があるだろう。海外の取り組みにも学びながら、日本独自の産業観光を育てたい。

●産業遺産を保存し、活用する
産業遺産の保存活用の代表例をユネスコ世界遺産に求めるなら、世界初の近代的製鉄会社が興った英国シュロップシャー州の「アイアンブリッジ渓谷」だ。
 
産業革命発祥のシンボルである世界最古の鋳鉄の橋(1779年開通)は今もセバーン川に優美な姿を映している。
 
衰退し荒れ果てていたこの渓谷が甦ったのは、1960年代の経済活性化戦略で博物館都市構想が立ち上がってから。1973年にオープンし、現在は年間約25万人が訪れている。
 
緑豊かな渓谷約15.5kuにもともと点在していた史跡と建造物を生かして「鉄」「川」「タイル」「陶器」などのテーマミュージアムと「溶鉱炉跡」「タールトンネル」などが整備され、ホテルやB&B、美味しいビールと食事を出すパブも何軒かある。
 
19世紀の町並みを再現した野外ミュージアム「ビクトリアン・タウン」 では、長いスカートにボンネット姿の女性が歩く横を馬車が走り、鋳物工場、鍛冶屋、ロウソク屋などで職人が実際に製品をつくっている。タイルや陶器のワークショップは家族連れでも楽しめる。
 
この他、世界遺産にはドイツの「フェルクリンゲン製鉄所」、ポーランドの「ヴィエリチカ岩塩抗」、フィンランドの「ヴェルラ砕木・板紙工場」、フィリピン「コルディレラの棚田」等々が登録。いずれも先人のモノづくりの知恵と技術に驚嘆するが、保存だけでなく動態保存、実作業の見学、さらに体験プログラムのあるところは魅力度が高い。
 
また、ユネスコの登録ではないが、フランスの「エコミュゼ」(地域全体をミュージアムに見立て、自然&文化の遺産を保存活用)は特筆すべき存在だ。
 
その1つ「エコミュゼ・ブレス・ブルギニョン」は約1690kuの広域型。古城を活用したコア施設と、「小麦とパン」「森と木」「ぶどうとワイン」「新聞印刷」などのテーマを産業遺産施設で展示し、木靴工房の見学や藁椅子づくりができる6つのサテライト施設がある。
 
「エコミュゼ・アルザス」 は体験プログラムが充実。子ども達はグループで村に泊まり、鶏の声で目覚めて家畜の世話や木工、料理などの仕事を分担して日中を過ごす。19世紀様式のロッジや人形劇場、みやげ店などの施設も充実、年間約40万人が訪れる観光地となっている。
 
エコミュゼの背景には地方分権化があり、地域住民が深く関わるのが特徴だ。「親や祖父母が昔どんな生活をしていたか?」を聞き取る調査から設立活動が始まったケースもある。
 
住む人々の記憶が次世代へ伝承されることと、地域遺産の観光資源化。ともに実現する地域おこしの典型だと言える。

●見学・体験・販売を通じて伝統工芸を伝承する
例えば、白地に美しい青の彩色を施したオランダのデルフト焼。中国陶磁器に触発されて始まったと言われ、300年以上の伝統を受け継いでいる。
 
デルフトに2軒残る窯元の1つ「ポーセレン・フレス」社では、工房のガイドツアー、ビデオ上映の他、熟練工が働くショールームが公開されている。昔ながらに、木炭の粉で描かれた下絵をもとに図柄を忠実に再現していく繊細な絵付けの工程だ。
 
職人の指導を受けて短時間でデルフト焼を体験できる「タイルの絵付け」 コースがあり、併設のショップでは、裏に絵師のイニシャルが入った本物のデルフト焼を販売している。
 
陶芸、ガラス工芸、レース、染織、木工、その国独自の工芸品。伝統工芸との出会いは、人間の「手」の働きのすばらしさを再認識できる絶好の機会。製品づくりの過程は見飽きない。
 
ものづくり体験はその過程のほんの入り口に過ぎないが、実際に手を使い、真似て、没頭する時間は何物にも代え難い。それに伝統工芸はものづくりの原理を体で学ぶには最適だ。スペースも教え手も必要だが、ゆったり過ごす旅、会話の生まれる旅に、ぜひ欲しい要素だと言えるだろう。

●「産業」「科学技術」を遊んで学ぶ
産業観光は「学ぶ」 と「遊ぶ」のバランスが重要だ。学びは重視したいが、面白くなければビジターは来ない。その点でアメリカには示唆的な例が多い。
 
「シカゴ科学産業博物館」は、実物・実演・実体験のインパクトが強烈だ。
たとえば、「Take Flight」は、727旅客ジェットの実機で離着陸のシュミレーションを体験。「Space Center」は本物のアポロ8号と宇宙飛行士の演習に使われた月面着陸モジュールで宇宙探訪体験。「U-505 Submarine」は、第二次世界大戦中に拿捕されたドイツ軍潜水艦の実物だ。「Coal Mine」ではイリノイ州の炭坑を復元、ライドで採掘現場に向かい、炭坑のテクノロジーをリアルに学ぶ。
 
こうして、遊びながらいつか学んでいる。「本物」だから面白い。年間入場者が100万人超、シカゴで最も人気の高い観光文化施設である理由だろう。
 
またフロリダ州のディズニーワールドの中にある「エプコットセンター」は未来モデル社会を見せるためのテーマパーク。エネルギー、交通、住居などの近未来技術を3Dムービーなどでバーチャル体験するのだが、映像に合わせて風が吹いたり、水が飛んできたり。難しいテーマをやさしく伝えるための楽しい工夫が凝らされ、「体感」の要素が遊び気分を誘って先端技術の理解を促している。
 
広大な敷地に1つのテーマで街ができている例では、ドイツのウォルフスブルクにある「アウトシュタット」。フォルクスワーゲン(VW)社がつくった「車の街」に全部で10のパビリオンがあり、隣接地にはリッツ・カールトン・ホテルが建つ。
 
その車と車が活躍した当時の人々や街をディスプレイする自動車博物館「タイムハウス」。VW、アウディ、ベントレー、ランボルギーニなどのブランドごとに、実車と映像やサウンドを駆使したイメージ提案で見せる7つの個性的なパビリオン。
 
参加型としては、「コンツェルンフォーラム」のオートラボ。ボディのコンピュータデザイン、ステアリングの本革縫製など自動車製作のプロセスを体験できる。併設の「キッズワールド」では、足漕ぎカートの周回路が人気だ。また、新車を展示する「カスタマーセンター」のワークショップには、トランスミッションや空力の仕組みが理解できるユニットが用意されている。
 
ヨーロッパの歴史的な名車、最新の車、車製作に触れることができ、車好きな人には1日中巡り歩きたい街になっている。疲れたら、ワイン品種の名をつけたレストランでひと休み。

●生産現場を公開し、技術とポリシーを訴求する
メーカーが自社工場を公開してユーザーの理解を深める動きは加速してきたように思える。
自然化粧品の「ザ・ボディ・ショップ」もその1社。英国サセックス州の本社工場では有料で約80分間の「The Body shop Tour」を行っている。
 
使用素材は天然成分のみ、動物実験廃止、容器リサイクル推進など環境保護を標榜しているだけに、工場見学の中では天然素材の供給や調合、素材のコミュニティトレード(発展途上国支援の公正な商取引)についても知ることができる。ビジター館では、ランチや午後のお茶、ショッピングが愉しめる。
 
製造工程をアトラクション化しているのはアメリカ、ペンシルバニア州のハーシー社。工場内の「ハーシー・チョコレート・ワールド」では、ライドに乗り、カカオ豆の収穫から製品ができるまでを見て、チョコレートをもらって帰る。
 
また、今ドイツで話題を呼んでいるのは貨物飛行船の「カーゴリフター・ワールド」。開発中の飛行船工場を中心にして、実験を公開する有料パークができているのだ。
 
カーゴリフターは完成すれば全長260mの巨大なハイテク飛行船。「空飛ぶクレーン」をコンセプトに、道のない山や砂漠などへ重量物を運ぶことが目的で、約160tの貨物を抱えて飛行する。
 
格納庫を兼ねるドーム型工場も全長360m、幅210m、高さ107mと世界最大。隣接のビジターセンターには1/50サイズのカーゴリフターの模型があり、最新技術を運航モデルや大画面映像で紹介している。
 
実物を見ることができるのは、直径81mの風船型飛行船。推進力がないので、75tの荷物を吊り下げてタンカーやヘリコプターで運航する仕組みだが、この実験フライトはぜひ見てみたい。
 
ドイツで最もエキサイティングで革新的な技術と言われているハイテク飛行船。超ビッグな工場風景もインパクトがあるが、今まさに21世紀型産業が立ち上がる、そのプロセスに立ち会っていると実感できて刺激的だ。

海外の産業観光の成功例に共通するのは何と言っても「本物」のインパクトだろう。そこに「街づくり」の観点があり、産業技術を「遊ぶ」演出と「人」の活躍があるところに、出会いの感動と充足感は深まる。
 
日本における産業観光も、過去・現在・未来を貫く地域の「本物」の産業資産の価値を地域自ら再評価することから始まるように思う。それがものづくり離れと言われる日本の再生につながる可能性も大きい。
 
産業観光の基盤&ソフトの整備とは=街づくりだ。整備によって住民の愛と誇りが育ち、ものづくりを核とした地域ブランドの国内外への発信によって、新たな交流と経済効果がもたらされることを期待したい。